歌舞伎座七月夜の部「源氏物語」感想 オペラは歌詞不明、能は神秘的

美しい人が、美しい人の役をやる。海老蔵の光源氏は、平安時代の夢の貴公子、そのものでした。昼の部では「猿」と言われた秀吉の役で、どうもピンときませんでしたが、白塗りの化粧に、伏し目がちな目元、朱赤の唇がなんとも色っぽい。顔が痩せて、昼の部では骨格が浮き出ていたのが、白塗りにピンクの紅を使い、ふんわり見える。どの衣装も美しく、良く似合っていて、光の君そのものです。

スポンサーリンク

歌舞伎座七月夜の部「源氏物語」にはオペラとお能が

バロック音楽の歌があり、能楽があり、ということで、普通の歌舞伎からははずれているけれども、「美しいものを観た」という満足感は得られました。思った以上に、お能とのコラボが良く、二幕目は、当日席の立ち見でいいから、もう一度観たいと思いました。

今回の「源氏物語」の原型は、海老蔵主演で、オペラ歌手、お能と共演した、2014年4月に京都南座で上演された「新・源氏物語」。花見もかねて、友人たちと行きました。2時間半ぐらいの短い上演時間だったような気がします。海老蔵の光源氏は美しかったし、バロック音楽もオペラ歌手も悪くはなかったけれども、海老蔵だから集客できるショーみたいなものだなと。

それが、七月の歌舞伎座での上演になるという。長男の勸玄君が子供時代の光の君で出演するのだろうな、というのは予想がつきましたが、時間も長い歌舞伎座に合わせて、どう変わるのだろうか?海老蔵の光の君の美しさは間違いないだろうけれども、オペラとお能と歌舞伎のゴチャマゼで、おかしなことにならなければいいけれど・・・。

歌舞伎座七月夜の部「源氏物語」 オペラの歌詞不明が不満

幕開けは、暗い舞台での、バロック音楽の女性のような高い声のカウンターテナーの歌から始まります。どうも、英語の歌詞のようで、「Shall we~」「Shall we~」というのと、「Let me」という歌詞が聞き取れました。たぶん、光源氏の寂しい心を表し、「○○していただけませんか?」とか「○○させてください。」とか、何かを祈っているんだろうなとは思いましたが、はっきりとはわからない。

もう1名、テノールの美しい声の方がいて、この方の声もすばらしく、歌だけで聞きに行ってもいいと思える程なのですが、2名とも、以前に観た印象よりも頻繁に出てくるのに、全く歌詞がわからない、というのがストレスになります。イヤホンガイドを借りていた友人に、どういう意味なのかと聞いたら、歌詞の説明は全くないという。

それってどうなの?音の美しさだけでいいの?バロックで神秘的なものばかりで、迷う心や不安を表しているんだろうけれども、歌舞伎座上演で、外国語を使って、その説明が全くないのはおかしいのでは?歌詞なんてわからなくていい、というなら、それは上演者の傲慢ではないか?バロック音楽の楽器演奏だけならそれでもいいけれども、歌詞があれば、「幸せ」とか「不安」とか最低限の説明はいるでしょう。何回も聞くうちに、追求する気持ちは薄れましたが、結果として、バロック音楽は、源氏物語と合わなくはないけれども、「オペラが多すぎる」「なくても成り立つのでは?」という気持ちになってしまいました。

歌舞伎座七月夜の部「源氏物語」 お能の神秘性が引き立つ

南座で観た時のお能の印象は残っていなかったのですが、今回は、これがとてもよかったです。お能はたまに観る程度なのですが、途中、どうしても意識不明になってしまう時間があります。でも、歌舞伎の中に登場すると、まず、面をつけていることによってでてくる不気味さ(悪い意味ではありません)、緊張感があり、お能の魅力が際立つのを感じます。

最初に印象に残ったのは、桜咲く華やかなシーンでした。光源氏の父親の桐壺帝として、桜の側にお能の役者が佇んでいる。じっとしているのですが、体から緊迫感が湧き出ている。身体の有り方が、歌舞伎役者とは違うのをまず感じました。

その後は、六条御息所が、嫉妬の怨念で、光源氏の妻の葵の上を祟り殺すところ。こういうのは、お能があっているのはわかる。お能は、普通、歌舞伎座のような広い舞台で観ることも、3階席のように上から観る事もないけれども、新たな見方ができ、怨霊としてお能の魅力が生かされているのを感じました。

今回の歌舞伎とお能のコラボが一番光っていたのは、二幕目です。光の君が明石に流され、明石の海で龍神が怒っている、というような意味だと思います。このシーンの後、光の君の兄の春の宮が、父の桐壺帝が怒っている夢を7日続けてみて、光の君を都に戻すという話になるので。

海の中に、鳥居があり、そこに頭に龍の飾りをつけた老人、女、男の能楽師が出てきます。

これは、2階に出ている、今日の出演者です。それによると、老人は白龍王、女は龍女、男が龍男ですね。

龍王は、赤い長い毛で、両手に刀を持ち、クルクルッと回りながら、上手に移動するのですが、これがすごかった!!体の軸が全くぶれず、切れ味よく、カッコいい。お能の人の鍛え方って違うと感じ、「うまい!だれ、この人!」という興奮の中で観ていました。

(※二回目観た時に、刀は右手だけで、左手は衣装をからませているだけでした。そう見えるほど、迫力があったということです。)

龍女の人は、最初、振りなのか、こけたのかわからないのですが、台から降りるのに踏み出す時に、膝をつきました。たぶん、こけたのじゃないかなと。

映像もうまく使って、海の波の様子を表しているので、すっかり心を奪われていたときに、花道から歌舞伎チームが出てきます。あまりにも、龍神の身体能力が優れているので、海老蔵が一緒の舞台に乗るのがちょっと心配になりましたが、そんなこと、ありませんでした。

スポンサーリンク

海老蔵の役も龍神となっており、青い長い毛に、今まで見た中でも、最も美しいとも言える青い隈取をし、獅子のようないで立ちで登場します。源氏の君として、おっとり上品な風情でいたのが、目を見開き、口を大きく開け、足を踏み鳴らす。

青い光が立ち上り、エネルギーに満ち溢れ、迫力満点、荒々しく神々しい美しさ満点でした。音楽は太棹三味線の義太夫に変わり、さらに盛り上がり、宙乗りで去っていくのです。宙乗りへの流れもよく、花道に、龍女、龍男が花道に出てきて、キリリと舞います。すばらしいシーンでした。

二幕終わってからは、友人と、「龍神はだれ!」というので二階に確認に行き、「青い隈取の海老蔵が美しい!」ということで1階の売店に舞台写真を探しに行きました。ところが、まだ売ってない!もう19日だというのにーーー!!当然、パンフレットにも写真が入っていない。今月は、勸玄君も出演しているのだから、売れるの間違いないのに、なんなんでしょう。

歌舞伎座七月夜の部「源氏物語」感想 子役たち

<勸玄君は、今回は二役。小さいお人形みたいにきれいにした子供がトコトコ歩いてきて、ハッと思ったら、子供の時の光の君の勸玄君でした。昼の部の時は、動きがあまりなかったのですが、歩いていると、まだ小さいのがわかる。5才ですからね。次は、光の君の息子の春宮で、明石に流されるときに親子で話します。どちらも大きなよく通る声で、しっかりとセリフを言っていました。今回は、おしゃべりっぽくて、昼の部のほうが、迫力がありました。1日に3役、本当によくやっています。

また、もう子役とはよべないかもしれませんが、中村富十郎の息子の、鷹之資の踊りがとてもよかったです。すでに、父親の追善公演で、歌舞伎座で越後獅子を踊る場を経験していますが、今回は、最後の場面で、都に戻る光の君を祝う場で、庶民として踊ります。盆踊り程度の振りなのですが、これが、とてもうまい!人に見せる事のできる、りっぱな芸になっています。

富十郎もとても踊りのうまい人でした。夜の部で遅くなると、最後についている踊りを観ないで帰ることもありましたが、富十郎の時は、必ず観ました。上手ですから。教える周りもいいのでしょうが、遺伝的な素質も大きいのでしょうね。個人の会などでも、観たくなりました。勸玄君のような目立つ立ち位置ではないけれども、こうやってきちんと基礎を固め、芸をみにつけてて育ってきているのを見ると、嬉しくなります。

歌舞伎座七月夜の部「源氏物語」感想 まとめ

新しいチャレンジには、様々な評価があるもの。日経新聞の夕刊には、「意欲は認めるが、原典の物語を知らないと難解なのでは?」とありました。確保が難しく、安くはないチケットを買って観劇する人が、全く源氏物語を知らないだろうか?私は、オペラに行くときは、かならず、予習はしていましたが。それよりも、オペラが登場すること、さらに歌詞がわからないことで、難解になるのではと思います。

海老蔵の美しさあっての光源氏だし、それが、歌舞伎座で観られたことには十分満足しました。また、龍神の片山九郎右衛門さんを、お能で観てみたいとも思いました。そんなに期待していなかったけれども、立ち見でもいいからもう一度観たいを思える幕があり、いい意味で裏切られた公演でした。

七月の歌舞伎座は、長男の勸玄君が出演するということもあり、開演前から売切。昼夜観ましたが、断然夜の部のほうがよかった!美しい海老蔵の光源氏が好きなのですが、二幕のお能と、青い隈取をした海老蔵の共演がすばらしく、もう一度観たいと思いました。
昼の部、「三國無雙瓢箪久(さんごくむそうひさごのめでたや)出世太閤記」の三幕目、大詰めに登場したのが勸玄君の三法師。前の二幕目が長くて、ぐっ...

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。