七月歌舞伎座「源氏物語」千秋楽 二幕目の魅力、女達、オペラの分析

七月の歌舞伎座は、昼夜とも海老蔵の座長公演。長男の勸玄君が出演するということもあり、開演前から売切。昼夜チケットをとりましたが、断然夜の部のほうがよかった!!美しい海老蔵の光源氏が好きなのですが、二幕のお能と、青い隈取をした海老蔵の共演が観たことのないすばらしさでした。

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七月歌舞伎座「源氏物語」千秋楽、二回目観劇は一等席で

二幕だけは、もう一度観ないと後悔すると思い、平日に日程を調整。二幕のチケット発売前に行ったのですが、一幕発売時点で立ち見まで売り切れになったとのこと、大ショックです!が、考えてみれば、当たり前の事、甘かった!

どうしても観たくて、ネットでいろいろと探したところ、千秋楽の一等席の二階前方の良席を見つけ、この演目は、この席で観る価値があると判断して、ゲットしました。

歌舞伎座は、ほぼ毎月観るので、3階前方席が普通です。ですから、オペラグラスなしで観られる近さに、まず満足。美しい舞台がさらに美しく、勸玄君も少し大きく見えて、花道を歩くかわいい表情も、良く見えました。千秋楽も、子供光の君では、「お父上は、私をお守りくださらないのですかぁ?」ときれいな声で言い、春宮では、「須~磨~?」とかわいく問いかけていました、どちらも、今だからこその可愛さ。本人も歌舞伎役者になるとい宣言しているだけあって、堂々としていました。見守っていきたいです。

七月歌舞伎座「源氏物語」千秋楽、二幕目のお能と海老蔵の青隈

二幕では、光の君が須磨に追いやられたことで、父親の桐壺帝の霊が、海の中の龍神に光源氏を守るよう願い、龍神たちとして能役者3名が登場します。

海の中に赤い鳥居がぽっかりと浮き出る神秘的なシーンに登場した能役者のうち、前回は、男龍(片山九郎右衛門)の空気を切るかのうような動きに驚き、また、その後に、龍王として隈取をして登場する海老蔵が美しくて、目を奪われました。青を使っており、これが、海老蔵のどこか悪が潜む美しい顔に本当に良く似合っています。一幕の光の君で内に秘めていたパワーを全開するように激しく動きます。

今回は、お能のメンバーが変わります。もう一度観たかった片山九郎右衛門は、京都での本業公演があるようで、出演していません。残念ではありますが、お能の役者は知らないので、他の方も、興味を持って観ようと。

龍女の観世喜正は、前回も出演していた方です。今回2階から観て、3階とは近い、遠いというだけでなく、見え方が違うというのを感じたのが、この二幕のお能のシーンです。前回、3階から観た時は、海のシーンだと思ったのですが、今回2階から見ると、途中で「アレッ?私、どうして海の中だと思ったんだろう、勘違いだっけ?」という 奇妙な思いにとらわれました。浄瑠璃、能楽の演者が乗っている台が青海波だったので、それで、間違いないとは思いましたが。

おそらく、3階からのほうが、映像の効果があったのだと思います。上から観ることで、海も色も深く感じ、赤い鳥居も、海底から出てきたような迫力がありました。3階は、舞台全体が見えるし、ライトの効果もよくわかると思っていたのは間違いではなかったんだなと。

お能の印象も違いました。前回は龍男に目を奪われていましたが、今回は、龍女のたっぷりとした動きが印象的でした。上から見ると、すり足の時、肩が上下していたように観えたのですが、2階からだとそんな感じはしませんでした。出演者によって、振り付けが変わるのかなと思いました。それぐらい印象が違いました。

青い隈の龍王、海老蔵は近くで観られて、とてもよかったです。本当に美しいし、迫力満点。でも、宙乗りは、3階から観る方が楽しい。下から、グングン近づいてくるのにワクワクするし、表情もよくわかる。観ている時間も長いし。

二幕は、お能とのコラボが素晴らしいシーンで、本当に二回観劇できてよかったです。

七月歌舞伎座「源氏物語」千秋楽、雀右衛門の六条御息所

光源氏をとりまく女達の中で、一番よかったのが雀右衛門の六条御息所です。

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霊となって葵の上を取り殺すところは、能役者に持っていかれてしまっているのですが、登場シーンから、能役者の演技の間のじっとしているところまで、誇りある女性の、どうすることもできない心の苦しみが、にじみでていました。格の高い女性であることも、感じられました。

反対に、光源氏を憎んでいる魁春の弘徽殿女御は、ちょっと古典的な雰囲気がなかったかなと。弘徽殿女御は右大臣家のお姫様としてのおっとりしたところはかけらもない、意地悪な性格として紫式部も描いているわけですが、魁春は「エラソーな感じ」がないので、なんだか庶民の出身で、成り上がってきたような女、ねちっこい、頭と性格の悪い女に見えました。これは台本のセリフのせいでしょうか?

七月歌舞伎座「源氏物語」千秋楽、オペラについて

1回目の観劇では、オペラの歌詞がわからないことがストレスとなり、オペラ多すぎると思いましたが、今回は、カウンターテナーの歌手が光源氏の闇を、テノール歌手が光を表すということを理解してからの観劇となりました。

その結果、カウンターテナーの非日常的な高く透明な声は、楽器のようでもあり、また、悲しい心を歌っているので、歌詞が不明でも心情はわかるので、音として浸れるから良いなと思いました。

反対に、明るいシーンを歌う美しいテノールの声は、何を歌っているのか知りたくなる。桜の美しいシーンで、明るく長く歌うシーンがあり、「わからない」という気持ちが立ち上ってきます。また、バロック音楽のこの歌に合わせて、鼓が入り、女官たち6名程が舞うシーンがありました。なんだかちょっと違和感がありましたが、皆さん、達者だなと。

光源氏と勸玄君の春宮とのお別れの悲しいシーンの後に、二人の歌手の二重唱になります。ここは確か「アミー」と言うようなシンプルな歌詞だけで、愛する者を想う気持ちであるのはわかるので、とても美しく、効果的でした。そして、カウンターテナーの悲しげな歌のあとに、テノールの光の精霊の歌になります。

明るいシーンへと切り替わる前触れなのでしょう。「フジ、フジ、フジ、〇〇チェロ!」という歌詞で、楽し気に歌うのですが、このわからなさが、実に、もったいない、本当にいい声なので。物語としては、止まってしまう。歌っている本人は、どうなんでしょう?歌詞を大切にしない歌手は、一流ではないと思いますが、観客のほとんどが、理解できない、意味も伝わらない、ということで満足なのでしょうか?後で筋書きを見ると、歌の題名が載っていました

「Fuggi、fuggi,fuggi,da questo cielo」です。音は間違ってなかったようですね。意味をネットで調べたら、「逃げる、逃げる、逃げる、この空から」でした。この意味だとしたら、「意味がわからなくても、通じる」というのは、違うな~。

オペラは効果的なシーンもあり、再演することがあれば、光の精霊の歌について、再考してほしいと思います。歌詞がわかるようにするか、短くするか。バロック音楽でのオペラは、この芝居の魅力になっていますから。

七月歌舞伎座「源氏物語」千秋楽 まとめ

今回は、どうにかチケットが手配できて、2回目を見る事ができましたが、本当にギリギリでした。新たな試みの舞台は、前半にチケットを取っておくべきだなと。2回目は、見どころがわかり、落ち着いて観られる。幕見といういいシステムがあるのだから、利用できるようにしたいものです。

美しい人が、美しい人の役をやる。海老蔵の光源氏は、平安時代の夢の貴公子、そのものでした。白塗りの化粧に、伏し目がちな目元、朱赤の唇がなんとも色っぽい。どの衣装も美しく、良く似合っていて、光の君そのものです。
昼の部、「三國無雙瓢箪久(さんごくむそうひさごのめでたや)出世太閤記」の三幕目、大詰めに登場したのが勸玄君の三法師。前の二幕目が長くて、ぐっ...
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