サイエンスZERO(12/23)弥生人と現代日本人。DNA分析の結果から

DNA分析というのは、耳にすることはあっても、具体的なことは知らず、サイエンスZEROで、弥生人のDNAまで分析できると知り、まずそれに驚きました。弥生時代って紀元前10世紀から3世紀ぐらいの1200年間くらいのことで、2000年以上も前のことなんですから。生命科学の進歩のすごさに圧倒されながら、番組を見ました。

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弥生人と現代日本人の関係は

元々、日本列島には、縄文人が住んでいましたが、弥生時代になると、九州北部に大陸から、水田稲作を持ち込んだ渡来人がやってきます。そして、東に広がっていく中で、元々住んでいた縄文系の人々と交わり、現代日本人が成立したと考えられてきました。

この時代に住んでいた人のことを、弥生人といいますが、弥生人のDNAは、8割が現代日本人に入っているということです。だから、弥生人の DNA分析をすることで、現代の私たちとの関係を詳しく知ることができます。

鳥取県「青谷上寺遺跡」

鳥取県には、「青谷上寺地遺跡(あおやかみじちいせき)」という弥生時代の遺跡があり、保存状態が良いことで有名になりました。全国的にも珍しく、弥生人の人骨が100体以上発掘されています。この中の37体の弥生人の人骨が、DNA分析に用いられます。これだけの規模の調査は初めてのことです。

DNA分析とは

DNAは、細胞の中のミトコンドリアと、細胞の中心の核の中に存在しています。

核は細胞の中に1つしかありませんが、ミトコンドリアは複数あります。そこで、まず数の多いミトコンドリアの中のDNA を調べます。ミトコンドリア DNAは、母から子へと受け継がれる遺伝子で、母系のルーツが分かります 。

DNA が残っている可能性が高いのは、側頭骨や歯ということです 。青谷上寺地遺跡の頭蓋骨には、歯がしっかり残っているのがたくさんありました。歯って、強いんですね。

核DNA には、ミトコンドリア DNAの18万倍もの遺伝情報量が、記載されています。肌や髪や、体質、血液型等、何もかも調べられます。これは、ミトコンドリアDNA分析のあとから始めます。

ミトコンドリアDNA分析の結果から

このプロジェクトの中心となったのが、番組ゲストの篠田謙一先生(国立科学博物館 副館長)です。篠田先生は、古代人のDNA解析の第一任者です。

篠田先生

「青谷上寺地遺跡の人たちは、縄文系と混じってたはずだから、渡来系と縄文系のDNAの割合が、7対3と考えていました。」

「分析できた人骨は32体。その結果は、縄文系のルーツを持つのは一体だけ。あとの31体は、全部大陸にルーツを持つ渡来系でした」

これは、大きく予想を裏切る結果です。縄文人とは交わっていないので、大陸から、直接この鳥取の遺跡に渡ってきていた可能性が高くなったのです。 だから、「弥生人が九州に入ってきて東上した」という考えが間違っていたのではないか、ということになります。

31体の渡来人たちのルーツもわかってきました。中央アジア・朝鮮半島・東南アジアなど、多彩なタイプが集まっています。 古代社会は、人が移動しないので、同じような人同士で結婚します。そうすると、DNAタイプが、一つか二つのタイプになります。この遺跡に、非常に多彩なタイプが揃っているということは、人の流動が盛んな大きな都市だったのではなか?

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この地域は、おそらく大陸の方を向いていて、直接大陸から人が来られる、古代の一番人が動きやすい場所であったことは間違いない、と考えられています。

骨の年代を調べる

青谷上寺地遺跡の住民は、大陸から直接きた人がほとんどであったという結果になりましたが、彼らと一緒に発掘された土器には、かなり縄文的な特性を備えたものもあります。

また、人骨よりも古い地層には、縄文系の土器がたくさん見つかっているので、 最初はこの場所に縄文系の人が集落を作り暮らしていたと考えられます。では、いつごろ、渡来人と住民が入れ替わったのでしょう?

放射性炭素年代測定法によって、骨の年代も科学的に分析することができます。これにも驚きました。

分析から結果によると、渡来系の人たちは、2世紀台に、大陸からもとまって、青谷上寺地にやってきたのではないか、という可能性が出てきました。

2世紀の後半に大陸からきたばかりの人がいることで、「弥生時代の初め頃に来た人が、縄文人と混じて日本人が増えていった」という説は、覆されました。

核DNAを分析して

福岡県の安徳台遺跡は、 弥生時代にこの地を治めていた一族のものと見られています。その中に、男性の人骨とともに、女性の人骨もあり、骨の形から渡来系弥生人と考えられてきました。ところが、核 DNA を調べたところ、この女性は渡来系の遺伝子だけでなく、縄文系の遺伝子も持っていました。

この身分の高い女性が、渡来人と縄文人が混ざっているたということで、日本人成立の新しいシナリオが見えてきました。

日本人ルーツの新しい考え方

東北の方に住んでいた弥生人は、遺伝子が縄文人だったりで、弥生時代の初期に大陸から渡来人が来て、縄文人と混じったのでなく、弥生時代の中期以降から、次の古墳時代の千数百年にわたり、大陸から人がどんどん入ってきて、人口が増えていったと考えたほうが妥当ということでした。

島根県って大陸に近いし、青谷は海に面して入る。日本列島は住みやすかったのでしょうか?今から思うとつたない舟でしょうが、どんどん人が渡ってきてたのですね。

国立科学博物館では、「砂丘に眠る弥生人」という特別展示を、2018年12月~2019年3月24日まで開催しています。「山口県土井ヶ浜遺跡の半世紀」という副題がついています。今すぐにでも、行ってみたいです。

http://www.kahaku.go.jp/event/2018/12dune/images/dune2018_flyer.pdf

今回のサイエンスゼロでは、弥生人のDNA分析プロジェクトをとりあげます。本当に、生命の神秘を探る技術の進化には、驚かされます。「弥生人のDNAの解析が始まり、日本人のルーツに迫ります」って!「意外な事実がわかった」って何でしょう?

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